吾人の任務(堀義人 著)
タイトルの『吾人の任務』は著者の祖父の手記から。
このソフトは慶応大学工学部を創設した人物で、飛行機事故で亡くなった。
田坂広志さんが講演の中で触れていたので手に取った。
著者はハーバードビジネススクールで学んだ後に、グロービス経営大学院を立ち上げた人物であり、本書ではその経緯や理念が書かれている。
本書を読みながら思った事は、「チャレンジと成長」である。
今、職場は(おそらく)大きな変化/改革を求められており、今回の改革に失敗すると、おそらく潰れる。
内外で「あまり学歴は関係ないよ。ただ、今までの社会構造では、偏差値とホワイトカラーの仕事との間の相関度が高かったので、人材採用においては学歴を見るのが合理的だった」と言ってるくせに、それを心の底から信じていなかった。
自分自身に対しても同様で、自分よりも高偏差値の連中と同じ土俵で戦えるのかと思っていた。
が、本書を読み、マインドを一新することを決めた。
人間が生まれ持った能力は大きな違いはなく、多くの場合、その小さな差は埋めて尚且つ逆転が可能だからである。
そのためには、、、
1.時間を味方をつける
2.1のために日々の過ごし方(習慣)を見直す
3.ときどき振り返るために言語化しておく
4.達成度を見るためにログを残す
これらのことを実行していく。
最近、深く考えさせられる出来事もあり、人生において変化が必要な時期にさしかかったと感じている。おそらく、ここで変わらなければ悲惨なことになるだろう。
だからこそ、深く考え、実行し、振り返り、改善を継続する。
板垣恵介の激闘達人列伝
『グラップラー刃牙』や『餓狼伝』で売れた漫画家、板垣恵介が”達人”にインタビューを行った記録。
登場するのは4名。
●蘇 東成 【内家拳社】
●初見良昭 【武神館宗家】
どの方もぶっとんだエピソードを持っているが、”武”以外のエピソードを一つ紹介したい。
中村先生のエピソードだが、以下のもの。
61歳の時に喉頭ガンが発覚。手術を受けると声帯を切除しなければならないことを知り、声が出なくなると後進の指導に支障が出ると考え手術を断った。
その代わりにとった手段がすさまじい。
長さ10センチあまりの針金の先を鉤上に曲げ、その先を真っ赤になるまで火で熱する。そして、その焼けた針金を喉につっこみ、手探りでガンを焼き切り、むしり取り、ウイスキーでうがいして消毒。
これを週1回のペースで繰り返すこと12回、とうとう完治させてしまった。
突然、跡形もなくなった腫瘍に納得できずにいた専門医に対し、中村先生がことの経緯を説明した。専門医は、ただ目を見開き、「・・・・・・」という反応だったらしい。
どーですか?
凄ぇだろ。
こんなレベルの人間が日本には少なくとも4名いたってことを知ってもらいたい。
この他にもぶっ飛んだエピソードが書かれているので興味を持たれた方は一読を。
ラーメン二郎に学ぶ経営学
部署の異動と新型コロナの影響で2年ほど東京へは行っていない。
いつか行こうとはおもっているのになかなか行けないお店、そのうち一つがラーメン二郎。前に慶応大学へ行った際は三田本店に行こうとも思ったけど、すでに並んでいる人がいて断念(その時は慶応大学の学食の山食堂でカツカレーを食した)。
そんなラーメン二郎を題材に取り上げて真面目に経営学の観点から分析した一冊。
未だにインスパイア系のブッチャーラーメン(沼津店、静岡店、焼津店)しか行ったことのない私としては、良い予習になるとともに、野菜(もやし)が円錐形に盛られたラーメンを見たことがあるというのは、ホンモノの二郎をイメージする助けになった。
さて、本書の著者は経営学を大学・大学院で教授している牧田幸裕氏。参考文献も豊富に(やや『ラーメン発見伝』率が高い)掲載し、真面目にラーメン二郎のビジネスモデルを分析している。
学園経営のヒントになる点もいくつかあり、非常にためになる内容だった。
以下にいくつか気になった点を記す。
p59『「二郎はラーメンではない。二郎は二郎という食べ物である」といわれるが、その意味するところは何なのか?本当はラーメンではないのか?』
p60『二郎と武蔵、一風堂では、どれが1番のラーメンなのか? 答えは、「決められない」だ。』
p69『一等賞で勝負が終わり、丼をカウンターに上げると、店主がちらっと視線をよこし「なかなかやるな、次回は麺ましでいくか?」と目で語りかけてくる。』
p92『なぜ僕は二郎の豚に対峙するとこんな声が聞こえてくるのだろう。僕の頭はおかしいのだろうか。そうではない。
僕たちジロリアンは豚に美味しさという「機能的価値」のみならず「情緒的価値」を感じているから、豚からこのような声が聞こえてくるのである。』
p171『でも、二郎を食べるということは、単なる食事に留まらない。自分自身の可能性、強さを再確認する修行の場だ。』
p197『健康ブームであったとしても、二郎はジロリアンからは支持される。二郎はジロリアンに「達成する歓び」を提供する希少な存在として、これからも「余人をもって、もとい余ラーメンをもって代えがたい」食べ物であり続けるだろう。』
しかし、この本を読んでもラーメンを食べたくならないあたり、胃腸の衰えを感じる。
禅 ぜん ZEN
この本はあくまで入門書なので、この一冊を読んで、「禅とはこういうものか」と理解できるものではない。
そしておそらくは、禅は本を読んで理解するものでもない。
今回は、特に印象に残った2箇所を引用しておく。
すぐれた修行者は恨みたくなるほど厳しい師匠を選ぶ。普通の修行者は親切な師匠を選ぶ。できの悪い修行者は評判のよい師匠を選ぶ。
禅語としての「自由」は、自らによるという意味です。
謎の毒親
おそらく実話をベースに書かれている。
本書はヒカルという女性が子ども時代の両親との体験を新聞やラジオの相談コーナーへ投稿するという体で進行する(そのため「相談小説」と銘打っている)。
この本に登場するヒカルの父親・辰造のような人間は確かに一定数存在する。
世間の大部分の人間にとっては理解不能な行動原理と思考様式を持っている。ヒドく偏っている。
そして、相談者ヒカルの両親ほど偏っていない人間はもっといる。
そんな人間の子どもとなったら、その子自身もどこかしら偏りをもった人間になる可能性が高いのではないか。
それが虐待は連鎖する理由だと考える。運や本人の努力によりその環境を脱出ことができれば良いが、そうならないときは世の中全体の不幸の量が増えるのだろう。
このような環境にある子どものすべてを救うことは残念だが不可能だろう。
家庭の中で起きていることは他人はわからない。
だが、啓蒙をあきらめなければ、そのような子どもにとってのチャンスが増えるのではないか。毎年のように児童虐待が原因でなくなる子どものことが報道されるが、こんごそのようなニュースを見聞きする機会が減ることを祈る。
道ひらく、海わたる ~大谷翔平の素顔~
スポーツライター(元雑誌紙記者)が大谷翔平に関する取材をまとめて本にしたもの。
大谷本人はもちろん、花巻東校の監督や日ハムの栗山監督の談話もあり。
大谷は高校時代にマンダラチャートを使用して、明確な目標(ドラフト1位指名を受ける)をたてていたということは知っていたが、高校生当時から、10代の若者とは思えないくらいしっかりとした考えを持っていたことがわかる。
本書でも書かれているが、目標は文字にしなければいけないということを再認識した。
さて、大谷は「二刀流」としてプロ野球界では特別な存在であると思われるが、本人は「好きだからやっている」という感じで、きつい基礎練習も目標に向かっていることがわかっているからサボらずできている。
もちろん、体格と身体能力に恵まれたということもあるが、考え方などのソフトの部分が二刀流で結果を残している要員だろう。同学年で身長も同じくらいの藤浪とは大きな差がついているし、大谷程度の体格の選手はメジャーリーグであれば珍しくない。
上のレベルにいけばハードの性能の違いよりもソフト性能の違いがモノをいうのではないだろうか。
なぜ、人は「餃子の王将」の行列に並ぶのか?
創業者にせよ、中興の祖にせよ、一代で会社を大きくした人に共通するのは、初期のハードワーク。
餃子の王将元社長の大東氏(射殺されるというショッキングな最期を迎えた)のインタビューを軸に、餃子の王将の店舗拡大の要素を取材していった一冊。
個人的に餃子の王将は好きな店だが、アルコールを摂取する機会が減ってからほとんどいっていない。
ただ、店の前を通ることはよくあるので、その時々のフェアの内容や、駐車場の混み具合はチェックしている。
さて、本書から得た学びは会計に関することである。
餃子の王将の店長は皆、財務諸表を読める。
「店長ともなれば財務諸表を読めるのは当たり前」と思ったが、わざわざ紙幅を割いているということは、他のレストランチェーンでは当たり前ではないのだろう。
いわゆる管理会計に近いことを行っているようだが、あらためて感じたのは、飲食店や加工製造業など、パートの人件費や原材料費などの変動費の割合が高い(さらには日銭が入ってくる)業種であれば、管理会計は有効だろう。
だが、学校のような固定費が占める割合が高い業種においては管理会計は有用とは言いがたい。なぜなら、学校における費用は教職員の人件費、建物や土地の固定費がほとんどを占めるからだ。
また、授業料等の学費もみな同じ価格であるので、単純に生徒・学生を定員目一杯かちょいとオーバーするくらい集めるのが会計的には最も良いのは分析するまでもないことだからだ。
よくも悪くも今の仕事(会計課)の守備範囲がわかった一冊だった。